アパレル関係の新製品発表展示会で、商品展示のために様々なディスプレイツールを造りました。
素材は主にアクリルで、その中に一辺が100mmのキューブ型の箱がありました。
デザインは立方体(一面は開口)のうち側面の1ケ所に真円の大きな穴をあけて、その他の一面にロゴをゴールドでシルク印刷するという物でした。
キューブの色はつや消しの深いインディゴブルーということでしたが、既製のアクリル板にはそのような色がなく、ラッカー塗装することにしました。
材料は、表面の光沢を除けばアクリルよりも安価で割れにくく、加工の容易な塩ビ(塩化ビニール)を使うことにし、製品を完成させました。
展示の場面では、このキューブを並べたり積み上げたりしながら商品を所々に配置するということで、落ち着いた高級感のあるディスプレイができるのは想像できます。
いよいよ最後の検品の際、わずかな汚れを見つけました。
周りに広がらないようにマスキングテープを貼り、汚れを拭き取った後テープをはずした瞬間唖然としました。
ラッカーの塗膜がマスキングテープに着いて剥がれてしまったのです。
まさかと思い、他のキューブにも試してみましたが、同じように全て剥がれてしまいました。
塗装や塗料の専門家なら常識なのでしょうが、塩ビにはラッカーがのらなかったのです。
このことを知らなかったという時点ではアクリルと塩ビの選択が間違っていたとは思いませんが、塩ビ板の端材を使う絶好のチャンスという不純な気持ちがあったのも事実です。
このしっぺ返しの教訓は、塩ビにはラッカー塗装ができないということでした。
正確な数は覚えていませんが、50個以上はあったでしょうか、その後アクリル板に変えて、全行程を作り直しました。
納期が迫っていたことでスタッフの危機感もつのり、驚異的なスピードで完成させたのを覚えています。
ある催しで、ステージバックの装飾にクリスタル摩天楼を造る仕事がありました。
素材はアクリル、カラーの透明板で厚みは5mm、高さ1800mm、幅600mm程度のサイズです。
図面上のビルの形は、デフォルメされていて、長方形の片方が階段状になったものや、両方が階段状のもの、窓があるものや、ないものなど、それぞれ違う形のものでした。
ジグソーや糸鋸機などを用い、形に切り出した後、エッジを磨くという比較的容易な加工だったのですが、完成後の梱包作業中にそのうちの一枚を持った時、いとも簡単に割れてしまいました。
割れた箇所は、階段状に切り出した入り角の部分から下まで、見事に真っ二つになっていたのです。
アクリル樹脂の化学的、物理的な特性は詳しくは分かりませんが、鋭利な入り角に力が加わると簡単に、割れてしまうことが分かりました。
それ以来、ある程度の大きさを越えるアクリルの切り出しは、入り角に小さなR(丸み)をつけることにしています。
その結果、持っただけで割れてしまうという事故は、現在までおこっていませんが、アクリル板は決して安価な材料でないため、そういう物を持つ時は、今でもちょっとドキドキします。
イベント用の占いルーレットの製作依頼がありました。
仕様は木工の回転ドラム(直径1500mm)で、前面に取り付けた小窓からランダムなメッセージを表示させるというものでした。
回転軸にはベアリングを用い、重さの偏りがないように芯材は放射状に、その他の骨材や合板も対称形になるように注意して造りました。
もう一つの難題である所定の位置に正確に止めることも、実験を重ね工夫をしながらなんとかクリアーできました。
表面の化粧も終わり、組み立てた後いよいよ試運転です。
ところが、何回まわしてもいつも「金運小吉」の位置で止まります。
これはドラムのバランスが悪いのは明らかで、予測はしていたものの対策も立て、注意深く造ったはずが、期待はずれの結果でした。
考えられる原因は、使用した合板に重さのバラつきがあるのではないかということです。
天然素材のため、組織の密度の違いや、乾燥の度合いなどが影響しているのでしょう。
同じ厚みの合板は同じ重さという先入観がもたらした失敗でした。
この時はドラムの裏側に金属製の重りを取り付けてバランスをとることにしました。
回転物にはバランス調整機能をあらかじめ組み込んでおくことが教訓でした。
そういえば以前大型時計の文字盤を造った時、時計メーカーから支給された長針、短針に鉛を取り付けてバランスを取ってあったのを思い出します。
これも最初は失敗したのでしょうか。
デザイナーはいろいろなことを考えるもので、空港ターミナルビルのウインドディスプレイに、アイキャッチのため「不思議なコップ」なるものを提案しました。
これは、空中に浮かんだコップから、水がしたたり落ち続けるというもので、製作依頼を受けた造型社は、早速設計と実験にとりかかりました。
コップの口が、水平よりやや下を向く角度に固定し、その中に水をホースで流し込みます。
次に、水量とコップの角度を調整しながら、一番きれいに流れ落ちるところを探し出します。
この時の、流れ落ちる水の放物線をアクリルパイプを曲げて造ります。
つまり、水槽からポンプでくみ上げた水を、アクリルパイプの中を通してコップに供給し、その水がパイプの放物線にそって水槽に流れ落ちるという、循環の仕掛けでした。
完成品を現場に設置した時は、水槽やポンプなどは隠してあり、この「不思議なコップ」の演出は成功したかに思えました。
ところが数日後かかってきた電話は、アクリルパイプが変型して水が周りにこぼれているというものでした。
原因は水槽の大きさが足りなかったことで長時間運転を続けた水中ポンプのモーターの熱が、水温を熱湯に近い温度にまで上昇させたことでした。
水槽を大きくすることは、スペースの問題もあり不可能で、アクリルパイプをガラス管にとも考えたのですが、安全のためクライアントの承諾を得て、ステンレスパイプに変更することにしました。
当初の「不思議なコップ」のコンセプトからいうと、多少違和感はありましたが、それでも流れ落ちる水が通行人の足を止めたのを見て安堵したのを覚えています。
この経験を活かしてもう一度「不思議なコップ」を造る自信はあります。
とはいっても、同じものが二度とないのが常で、他で活かすようにしたいと思います。
後日談で、先ほどの水槽の水が温度上昇のせいか、蒸発が激しくて6ヶ月の展示期間中、1週間に一度水を補うために、担当者が空港まで足を運んだそうです。
本当に御苦労様でした、お疲れ様でした。